【第一部】
菅野美穂/浅野ゆう子/池脇千鶴/原田龍二/北村一輝/岡田義徳/鷲尾真知子/木村多江 ほか
【第二部】
池脇千鶴/安達祐実/葛山信吾/岡田義徳/鷲尾真知子/木村多江/山口香緒里 ほか
ペリーの黒船来航から三年後の安政三年(1856年)。薩摩藩士・島津忠剛(森下哲夫)の娘敬子(菅野美穂)は、藩主・島津斉彬(本田博太郎)の命令で斉彬の養女となった後、将軍・家定(北村一輝)の御台所(夫人)として差し出された。
相思相愛の若い藩士・東郷克顕(原田龍二)との仲を引き裂かれた敬子は、江戸に向かう日、自害を図ろうとするが克顕が止める。克顕は藩主から拝領した鎧通しを守り刀として敬子に与え、「時代は変わる。いつか救い出す日が来るまで生き延びて」と言った。
その言葉だけを支えに、敬子は大奥の人となった。名前も島津敬子から御台所篤子となった。大奥とは、将軍の夫人、側室、それを世話する女中ら、将軍以外は女だけの約千人もが生活する江戸城内の別世界だ。
大奥は万事しきたりが支配する。仕切るのは大奥総取締の瀧山(浅野ゆう子)で、その下に御年寄、御中臈、御小姓…と役目ごとに身分が決められていた。篤子を迎えた瀧山は、さっそく大奥の作法を教える。起床ひとつ自由に出来ず、手洗いの中にまでお付きが入ってくる。人形のような生活だ。薩摩でのびのびと育った篤子には驚くことばかりだ。瀧山ら位の高い女中たちは、そんな篤子を「田舎者」と馬鹿にした。
大奥に、まる(池脇千鶴)という町人の娘が行儀見習のために奉公していた。明るく素直だが、失敗ばかりしている。ある日も篤子の目の前で大失敗をし処罰されそうになる。篤子は怒る女中たちを制し、まるを自分の身の回りの世話係にした。手洗いの中で篤子はまるの喉元に懐剣を当て、「いつかここから出る。味方になって」と言う。「どうして私に」と問うまるに、篤子は、「ここの人は能面のような顔。そなたは違い、心がある」と言った。やがてまるも、篤子の人柄にひかれていった。
将軍家定が篤子と夜を過ごすことになり、篤子は動揺した。その日、大奥の渡り廊下を歩く篤子はわが目を疑った。建て増し工事中の人夫たちの向こうに克顕がいたのだ。見詰め合う二人だが、わずかな距離が越えられない。篤子は懐から鎧通しの鞘を少しだけ見せた。「約束は守る」という合図である。
克顕は藩主に従って江戸に来ていた。大奥の建て増しは薩摩藩が請負っているので、「万が一つにも」と思って工事の場に来たのだ。藩主・斉彬は子供がいない家定の次の将軍として、思想的に共鳴する勤皇派の一橋慶喜を、篤子の口を通じて推薦しようとしていた。すべてはそのための布石だった。しかし家定はそんな思惑を見抜いていた。
寝所での着替えで、篤子は隠していた鎧通しを取り上げられる。命を賭けて取り返そうとする篤子に瀧山は、「死にたければ死になさい。幕府に謀反の意思ありと、親類縁者は死罪。島津藩もお取り潰し」と凄む。何も出来ない篤子だった。
篤子は寝所で、初めて家定の顔を間近に見た。異様な容貌である。篤子が刃物を持っていたと聞いていた家定は、枕もとの刀を篤子に渡し、「わしは暗愚な将軍と言われている。死ねば笑う者たちがいる。刺してみよ」と虚無的に言う。篤子は刺せない。家定は篤子を抱く時に、篤子の胸に残る自害しようとして出来た傷を見た。控えの間では、まるともう一人の女中が不寝番をしていた。
翌朝、渡り廊下で篤子と瀧山がすれ違う。対峙する二人。「お褥がお済みで、ようございました」と皮肉を込めて言う瀧山に篤子は、「こうなったからには、名実ともに御台所。そなたよりも立場は上じゃ。今日限り、そなたの指示は受けない」と言う。大奥の廊下に火花が散った。
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【第一部】
菅野美穂/浅野ゆう子/池脇千鶴/原田龍二/北村一輝/岡田義徳/鷲尾真知子/木村多江 ほか
【第二部】
池脇千鶴/安達祐実/葛山信吾/岡田義徳/鷲尾真知子/木村多江/山口香緒里 ほか